「子どもの七五三の写真、どこにありますか」。そう聞かれて、あなたはどこを探すだろう。たぶん、古いガラケーの中。写メールで撮った、あの小さな画面の中。——だが、そのガラケーはもう電源が入らない。充電器も、どこへやったか思い出せない。
1986年、BBCは「未来への記録」を作った
1986年、BBCはある壮大な企画を実行した。1086年に作られた『ドゥームズデイ・ブック』——イギリス全土の国勢調査の記録——から900年を記念して、全国の学校を巻き込んだインタラクティブな「現代の国勢調査」を作ったのだ。名付けて「ドゥームズデイ・プロジェクト」。データは12インチのレーザーディスクに収められ、読み出すには専用パソコンとフィリップス製の専用プレーヤー、そしてトラックボールが必要だった。当時としては最先端の、文字どおり「未来へのタイムカプセル」だった。
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保護を始める — CAD 187 カナダドル/年わずか15年で、開かなくなった
ところが2000年ごろ、そのタイムカプセルはほぼ開けなくなっていた。専用プレーヤーは生産を終え、部品も手に入らない。未来のために作った記録が、未来を待たずに読めなくなったのだ。
対照的なのは、900年前の羊皮紙だ。1086年の『ドゥームズデイ・ブック』の原本は、今日もイギリス国立公文書館で読むことができる。羊皮紙は900年持ち、レーザーディスクは15年で沈黙した。「保存した」と「開ける」は、別のことなのだ。
救ったのは、保存ではなく「見守り」だった
ドゥームズデイの記録が再び読めるようになったのは、2000年代に入ってからのことだ。リーズ大学とミシガン大学の「CAMiLEON」というプロジェクトが、ソフトウェアによる「模倣」(エミュレーション)で当時の読み出し環境を再現し、記録をよみがえらせた。イギリス国立公文書館も保存に関わった。デジタルな記憶が生き延びたのは、「しまっておいた」からではない。誰かが形式と媒体を見守り続け、読めなくなる前に手を打ったからだ。
平成の記録も、同じ静かなカウントダウンの途中にある
ここで日本の話をしよう。フロッピーディスク。MD(ミニディスク)。ガラケーの中の写メールとデコメ。8ミリビデオとVHS。——「しまっておけば残る」と思っていたものたちが、一つずつ読めなくなっていった。平成の初めに撮った子どもの運動会は、再生機のないVHSの中。平成の終わりの家族旅行は、電源の入らないガラケーの中。
皮肉なことに、昭和の紙焼き写真はまだアルバムの中で笑っている。奈良時代の木簡は1300年後の今も読めるのに、平成のデジタル記録は30年もたたずに沈黙しかけている。「スキャンしたから大丈夫」も同じ罠だ。スキャンは「保存」の第一歩であって、保存そのものではない。スキャンしたデータを入れた外付けハードディスクも、NASも、いつかは「そのガラケー」と同じ運命をたどる。しまってあることと、開けることは違うのだ。
記憶は、「正式に扱う」ことでしか生き延びない
記録を未来に届けるのに必要なのは、優れた技術ではない。誰かが責任を持って見守り続けることだ。媒体の寿命を見極め、形式の変化に気づき、読めなくなる前に手を打つ。それを私たちは「正式に扱う」と呼んでいる。家族の記憶は、「とりあえず置いておく」ものではなく、「誰かが面倒を見る」ものとして扱われるべきだ。
私たちの仕事は、その見守りだ。お預かりした媒体に番号を付け、封をし、二人で確認して保管する。半年に一度、封と外観を目で確かめて写真に残す。触れることはしない。より踏み込んだ点検が必要なら、お客様の書面でのご希望があって初めて行う。そして指定された日に、指定された方のもとへ確実に届ける。タイムカプセルとはそういうものだ——「その日、ちゃんと開く」ことを誰かが約束する仕組みのことだ。