新しいノートパソコンを買った日のことを覚えているだろうか。電源を入れて、初期設定を済ませると、画面のどこかに小さく表示される。「デバイスの暗号化が有効です」。なんだか守られている気がして、少し安心した——そのはずだ。だが、ひとつだけ確認しておきたい。その暗号を解くための鍵は、あなたの知らないうちに、どこかへ自動で送られている。
鍵は、あなたの許可なく「預けられて」いた
Windows のデバイス暗号化(BitLocker)は、Microsoft アカウントでサインインしたパソコンで、回復キーを自動的にそのアカウントへ保存する。これは公開されている仕様で、自分でも account.microsoft.com/devices/recoverykey から確認できる。パスワードを忘れたときのための、親切な設計だ。
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誰にでも秘密はある。でも、本当に安全な保管場所を持つ人はほとんどいない。
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保護を始める — CAD 187 カナダドル/年だが「設計」とは「選択」のことだ。この親切さは、同時にひとつの事実を意味する——暗号の合鍵が、あなたの手元を離れた、ということだ。
鍵が Microsoft アカウントの中にあるとは、どういうことか。アカウントが乗っ取られれば、鍵も一緒に出ていく。アカウントが凍結されれば、あなた自身が自分の鍵に触れなくなる。そして何より、「もう一本の鍵がある」ということは、「もう一人の鍵の持ち主がいる」ということだ。家の金庫の合鍵を、鍵屋が勝手に残していたと知ったら、あなたは安心して眠れるだろうか。
会社のパソコンでは、最初からあなたの鍵ではない
日本の多くの会社では、貸与されたノートパソコンの BitLocker 回復キーは、情シス部門が一括で管理している。管理ツールの中に、社員一人ひとりの鍵が整然と並んでいる。外からの攻撃を防ぐための鍵ではある。だが、「社内の、鍵を持つ人」からは防げない。
これは誰かを責める話ではない。情シスにとっては業務を続けるための当然の仕組みだ。ただ、知っておくべきことがある。「防犯」のために付けた鍵が、誰に対して効いていて、誰に対して効いていないのか、ということだ。「外の人には開けられない」と「誰にも開けられない」は、似ているようでまったく違う。
「便利」の代償——なくさないための鍵と、開けられないための鍵
対照的な存在がある。VeraCrypt のような純粋な暗号化ツールには、「パスワードを忘れた方はこちら」というボタンがない。設計上、回復の仕組みそのものが存在しないのだ。忘れたら、終わり。乱暴に聞こえるかもしれない。だがそれは、「鍵は世界に一本しかない」という約束を、技術の側が律儀に守っている姿でもある。
BitLocker の自動バックアップと VeraCrypt の違いは、技術の優劣ではない。「便利さ」の代償をどこに置くかという、設計思想の違いだ。忘れたときの救済を取るか、「この鍵を持っているのは世界で自分だけだ」という確実性を取るか。二つは両立しない。どちらが正しいかではなく、あなたがどちらを選んでいるのかを知っているかどうかが問題だ。
古代の哲学者たちが「所有」について考え続けた問いは、結局ここに帰ってくる。鍵が二本あるものを、自分の金庫と呼べるだろうか。本当の意味で「自分のもの」と言えるのは、鍵の在り処を自分がすべて把握しているときだけだ。
私たちは、あなたの鍵を預からない
ここでひとつ、はっきりさせておきたい。私たちは「鍵の管理代行」をしない。それは商売の都合ではない。鍵を預かるサービスそのものが、鍵をもう一本作ることだからだ。「便利に管理します」という言葉の裏で、あなたの金庫の合鍵が増える。それは私たちが最も避けたいことだ。
私たちがお預かりするのは、あなたが暗号化したディスクそのものだ。誰にも読めない塊に番号を付け、封をし、二人で確認し、人の手で保管する。半年に一度、封と外観を目で確かめて写真に残す。触れることはしない。鍵はあなたの手元に一本だけ。「誰にも見つからない」という状態は、そうやってしか作れないと私たちは考えている。
「誰にも見つからない」を、本気で作る
あなたが本当に守りたいものがあるなら、まず数えてみてほしい。その鍵は、世界に何本あるのか。付箋に書かれたパスワード、情シス部門の管理ツール、Microsoft アカウントの中——「なくさないため」に増やした鍵の本数だけ、「開けられる人」も増えている。
なくさないことと、見つからないことは違う。どちらも大事だ。だが「誰にも見つからない」を本気で作るなら、鍵は一本でなければならない。そしてその一本は、あなたの手の中になければならない。