2023 年 3 月、中国の大手通販アプリが、ユーザーのスマホから写真を削除していたと報じられた。複数のメディアとセキュリティ研究者が、そのアプリに権限を越えた動作があると指摘した。報道は広く議論を呼び、その後 Google はそのアプリを、マルウェアを理由に Google Play から削除した。
写真を消したのは、あなたの操作ではなかった。アプリが、あなたのスマホの中で、あなたの写真を消したのだ。そしてそのアプリを、プラットフォームの側が「置いておけないもの」として消した。この二つの出来事のあいだに、私たちのスマホとの付き合い方の、見落とされがちな真実が挟まっている。
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保護を始める — CAD 187 カナダドル/年「私のスマホの中」は「私のもの」ではなかった
私たちは、スマホの中の写真を「自分のもの」だと思っている。自分のスマホだ。自分の写真だ。自分が撮ったものだ。だから、消すかどうかを決めるのは自分だと思っている。
だが、2023 年の報道が示したのは、その思い込みが崩れる瞬間だった。アプリが写真を消すことができるのなら、「私のスマホの中にある」ことは、「私がコントロールしている」こととイコールではない。誰かが、自分のスマホの中で、自分の写真に手を伸ばせる。そう気づいたときのざわつきは、単なるアプリへの不信ではない。自分の持ち物に対する感覚そのものが揺らぐ体験だ。
「自分は削除ボタンを押していない」。それは事実だろう。だが「誰も消せない」は、また別の話だ。押していないことと、消せないことは違う。この区別が、スマホ時代の保管を考えるときの出発点になる。
権限のリストは、能力のリストだ
スマホのアプリを入れるとき、私たちは権限の確認画面を、いつも素通りしている。「写真へのフルアクセス」「すべてのファイルへのアクセス」。そんな文言が出てきても、「まあ、写真アプリみたいなものだろう」と思って許可する。設定画面の一項目にしか見えない。
だが、権限のリストは、設定のリストではない。能力のリストだ。「写真へのフルアクセス」を許可した瞬間、そのアプリは技術的に、写真を読み、書き換え、削除する能力を手にする。利用規約の小さな文字がどう書いてあろうと、その技術的な事実は変わらない。許可したものは、できるようになる。できるものは、いつか使われるかもしれない。
ここが肝心だ。アプリが「善意かどうか」は、実は二の次だ。善意のアプリでも、能力は能力のままだ。運営会社が変われば、方針が変われば、アップデート一つで、同じ能力が別の使い方をされる可能性が生まれる。能力を渡した相手の「今の気持ち」を信じるしかない状態——それが、権限を許可するということだ。
日本でも、アプリの権限をめぐる不安は日常的だ。カメラへのアクセス、連絡先へのアクセス、位置情報へのアクセス。許可を求められるたびに、なんとなく引っかかりながら、それでも「使いたいから」許可してしまう。その「なんとなく引っかかる」感覚は、正しい。引っかかるべきものに、引っかかっているのだから。
クラウド同期は、削除も同期する
「スマホが不安なら、クラウドに同期しておけばいい」と考える人も多い。確かに、バックアップは紛失への備えになる。だが、同期は、削除も同期する。
スマホ側で写真が消えれば、同期されたクラウド側も、それに追従して消えることがある。クラウドは「別の場所」ではなく、スマホの延長だ。同じアカウント、同じ権限の連鎖の中にある。ローカルで起きたことが、クラウドにも波及する構造になっている。
オンラインストレージ、外付けハードディスク、NAS、貸金庫、自宅保管。どれも一長一短はあるが、スマホとつながっているかぎり、同じ問いがついて回る。「その場所に、誰の手が届くか」。つながっているものは、届く。届くものは、動かされる可能性がある。保管の問いは、結局この一点に収れんする。
問題は一社ではない
2023 年の出来事を、「あの会社が特別だった」という話で終わらせてはいけない。報道されたのは一社の挙動だが、問題の構造はもっと一般的だ。スマホに入っているアプリは、どれも同じように権限を持っている。写真へのフルアクセスを持つアプリは、どのアプリでも、技術的には同じことができる。
だから、問うべき相手は特定の会社ではない。問うべきは構造だ。「見られてはいけないもの、動かされてはいけないものを、動かす能力を持つものの隣に置いていないか」。この問いに対して、スマホの中のあらゆる保管方法は、程度の差こそあれ、同じ答えを返す。「隣に置いている」。
Google がそのアプリをストアから削除したことも、見逃してはいけない。プラットフォームが「これは置いておけない」と判断するほどの挙動が、実際に起きていたということだ。削除という処分は、そのアプリの行為が通常のアプリの範囲を越えていたという、プラットフォーム側の公開の判断だ。だが、処分はあくまで事後のものだ。処分される前に起きたことは、もう起きてしまった。
動かす能力そのものがない場所へ
では、どうすればいいのか。考え方はシンプルだ。見られてはいけないもの、動かされてはいけないものは、「動かす能力そのものがない場所」に置くことだ。
オフラインの媒体には、権限のリストがない。アプリがない。バックグラウンドで動くものがない。誰かが遠くから手を伸ばすための経路自体が存在しない。「約束だから動かさない」のではなく、「構造として動かせない」。この違いが、保管の確かさを決める。
そして、預けるなら、人と手順で選ぶことだ。番号をつけ、封印し、二人で確認して、写真を撮ってから保管庫に入れる。預けたものは、半年ごとに封印と外観を目視で点検し、写真で記録する。開封しない。触らない。非接触の点検だけが、ふだんの決まりだ。より踏み込んだ点検が必要な場合は、預けた本人の書面による同意がある場合に限る。保管する側がむやみに触らないこと自体が、保管の価値の一部だ。
技術の詳細は、注脚に一行あれば十分だ。大事なのは、誰の手も届かない場所に、決まった手順で預けてあるという事実だ。スマホの権限画面を、もう一度思い出してほしい。あのリストに並んでいるのは設定ではない。能力だ。能力を渡した先に、大事なものを置き続けるのか。それとも、能力そのものが届かない場所に移すのか。選ぶのは、結局あなた自身だ。